この2月の総会にてご承認いただき、新会長に就任いたしました、ムー(丸山)史緒です。
私は大阪市阿倍野区で生まれ、奈良にほど近い八尾市で育ちました。大学は関西外国語大学のスペイン語科を卒業しています。趣味は踊ること、好きなものは猫、散歩、ヨガなど。ムーというのは馬と書き、私のリーガルネームです。
八尾といえば河内木綿や太子堂、浅吉親分……ですが、やっぱり一番は河内音頭です!河内音頭は室町時代の古い民謡をルーツに持ちながら、浪曲や落語、ジャズ、ブルース、レゲエなどの要素も取り入れて進化し続ける“生きた民謡”です。
2017年には八尾市で2,872人が浴衣で河内音頭の手踊りを踊り、ギネス世界記録に認定され、いまだ破られていません。昨年の大阪・関西万博では、大屋根リングで河内家菊水丸さんが歌い、約8,000人が輪になって踊る大盛況でした。ちなみに菊水丸さんは今年63歳で、父が八尾中学校で音楽を教えていたころの教え子でもあり、ご縁の不思議さを感じております。
この6年半ほど、LA関西クラブでは理事兼「ちーむ河内音頭」の踊りを担当させていただいています。着物が大好きで、新年会では色留め袖と袋帯という正統派のいで立ちでしたが、お祭り会場では、どちらかというと着物にブーツ、派手なカツラや帽子を身に着けることが多いので、すぐわかると思います。
私がLA関西クラブに入会したのは2009年、サンフランシスコから越してきて間もない頃、偶然家から歩いて行ける距離のコロンビアパークでの研修生の歓迎BBQを見つけました。大阪弁で、まさしく「わいわいガヤガヤ」、そのにぎやかで温かい雰囲気に「なんか、家族みたいやん」と心から癒され、すぐに入会しボランティアを始めました。その頃の皆さんとは今も家族のようなお付き合いをしています。
当時はカラオケやボーリング、野球観戦など活動も盛んで、南カリフォルニアにまったく友人がいなかった私を皆さんが温かく迎えてくださいました。仕事をご紹介いただいたこともあり、独りぼっちではなく、多くのご縁に支えられてまいりました。
LA関西クラブのモットーは会長を経るごとに少しずつ長くなり、現在は「わいわいガヤガヤ楽しく愉快に」。楽しいことをする、というより、『なんでも面白がってやってみよう!』というハードルの低さが定着していると思っています。
2011年に葉理事(2012-2014会長)のお誘いから、気軽な気持ちで初めて理事に就任し、2014年より2018年まで、二期にわたり会長を務めました。近年は何でも屋の事務局、2019年からは「ちーむ河内音頭」の踊りのリーダーとしてとても楽しく活動させていただきました。
昨年末、前会長の早逝という非常に大きな悲しみを経験し、皆様にもご心配をおかけしましたが、その中で改めて実感したのは、関西クラブが支え合い、笑い合い、涙も分かち合える “コミュニティ” であるということです。
若輩ながら少し書かせていただくと、生きている限り問題はつきもの。それが悩みごとになってしまうこともあります。
その悩みを人がどう捉えるかは、「得難い経験として向き合い乗り越える」のと「コントロールできないものとして執着しないで手放す」のバランスだと、三年前、尊敬する民謡の佐藤松豊先生に教えていただきました。
「問題が起こった、それで、貴女はどうするんですか?やめますか?続けますか?」
先生は、問題が起こると「しめしめ」と、心して楽しむそうです。穏やかな青海波のような状態よりもスリルがあるし、逆に足元に注意するようになり結果オーライ。60年以上カリフォルニアで民謡を伝え広めてこられた先生のお言葉は、かめばかむほど味が出るスルメのようです。
来年、LA関西クラブは60周年、還暦を迎えます。新理事8名とともに、「人と人とのつながり」と「面白さ・温かさ」を大切にし、新年会のオリジナル河内音頭の歌詞のように「人生一回や、楽しんで~なんぼやで、生きてるだ~けで丸儲け」の言葉通り、前を向いて新しい一歩を踏み出してまいります。
さて、今年のテーマは「おおきに!」。
昨年のように数多くの充実した活動が提供できないかもしれません。でも、今できることをする。早速、前会長を偲ぶカラオケのお話もありますので、皆さんと協力してやっていきたいと思います。
すべてのご縁に感謝し、LA関西クラブらしい面白さと温かさを次世代へつなぎ、皆さまに「あー楽しかった」「やっぱり来てよかった」と思っていただけるクラブづくりに努めたいと思います。







